Se connecter「プロモーションの方は進んでいますか?」
パウンドケーキの芳醇な甘さを楽しみながらタケルは聞く。
「今、試用品をあちこちのお店に貸し出しているの。手ごたえは悪くないわよ。それと、市場の一角を借りてステージを作るの!」
クレアはグッとこぶしを握り、ニッコリと笑う。
「ステージ……?」
「ゲームが上手い人のプレイを見てもらおうと思うのよ!」
「いやでも、こんな小さな画面じゃ遠くの人には見えませんよね?」
「そ、そうなんですよね……」
クレアは眉をひそめ首をかしげた。一つの画面をのぞきこんでもらうのは数人が限界な事はクレアも気になっていたのだ。
「……。分かった。じゃぁ、巨大画面版を作るから、大きなプレートを用意してくれますか?」
タケルはニヤッと笑う。
「巨大画面!?」
「そうです、二メートルくらいのサイズなら遠くからも見えるでしょう?」
異世界に登場する大型ディスプレイ。そんな物などこの世界の人は見たことないからきっと驚くに違いない。みんなの驚く姿を想像しただけで変な笑いが出そうである。
「す、すごい! そんなことできるんですね。タケルさん、すごーい!!」
クレアはタケルの手を取るとブンブンと振った。
タケルはその嬉しそうに輝くクレアの笑顔に思わず胸が熱くなる。こんなビビッドな反応をしてくれる人なんて前世でも一人もいなかったのだ。モノづくりをする者にとって感動し、感激してくれることこそが最高の報酬である。
タケルはクレアの手をギュッと握って、軽く目頭を押さえながら何度もうなずいた。
◇ 「なんでタケルさんって、こんなことできるんですか?」クレアは尊敬のまなざしでタケルを見つめる。高名な魔導士ですら到底できないことを軽々とやってのける素朴な青年、それはクレアにミステリアスに映っていた。
「僕のスキルがね、そういうことができる特殊な奴なんだよ」
「へぇ~、いいですねぇ。私なんて【ゾーン】ですよ? なんだか危機になると集中力が上がるスキルなんですって。でも、商会の娘には何の役にも立たないわ」
クレアは口をとがらせ、つまらなそうにため息をこぼす。
「クレアさんは商会を継いでいくんですか?」
「うーん、パパはどこかの貧乏貴族に嫁がせて、その縁でさらに商会を盛り上げたいんじゃないかしら? やはり平民のやる商会では限界があるのよ。つまり私は政略結婚の駒。もう、嫌になっちゃうわ……」
肩をすくめたクレアはブンブンと首を振った。
「良い方と巡り合えるといいですね」
自分とは関係ない富裕層の悩みにややウンザリしつつ、タケルはお茶を一口含む。
「脂ぎってる太った中年オヤジとかになったらもう人生終わりだわ……」
クレアは眉をひそめ、美しい顔を歪めて涙目になる。
「さ、さすがにそんなことには……」
「何言ってるのよ! 貧乏貴族なんてそんなのばっかりよ! うぅっ……」
「落ち着いて、まだ何も決まってないじゃないか」
タケルはいきなりの展開に焦り、必死になだめる。
「……。もし、そんなことになったらタケルさん、一緒に駆け落ちしてくれる?」
クレアはタケルの手を取ると、キラキラと碧い瞳を輝かせた。
「は……?」
「そうよ、お金ならあるんだからどこか遠くの街で一緒に暮らしましょう!」
タケルは令嬢の暴走した妄想に圧倒される。もしかしたら【ゾーン】に入ってしまっているのかもしれない。
「いや、ちょっと、僕は……」
「何? 私じゃ不満なの?」
座った目でジッとタケルをにらむクレア。
「ふ、不満なんてないですよ。ただ、そんな何もかも捨てて逃げるなんてできませんよ」
「……。そうよね……。私の魅力が足りないんだわ……」
クレアはまだ発達途中の胸をキュッと抱きしめ、ガックリと肩を落とした。
クレアの好意は嬉しく思うものの、前世アラサーだったタケルにはクレアはまだまだ子供にしか見えない。そんなことより一万個を作ることが喫緊の課題なのだ。
タケルは、適当にクレアをなだめて切り上げ、またテトリスづくりへと没頭していった。
◇ そして迎えた発売日――――。パパパパーン! パッパー! パパラパー!
吹奏楽団によるにぎやかなJ-POPメドレーが市場に響き渡り、その聞きなれない洗練されたノリのいいサウンドに道行く人たちは足を止めた。
「ハーイ、皆さん! 本日発売になった前代未聞のゲームマシン『テトリス』です。ブロックを落としていくだけなんですけど、ハマっちゃうの! ぜひ、触ってみてくださいねっ!」
ステージの上でコンパニオンのお姉さんが、テトリスマシンを片手に観客たちに声をかけた。ノリノリで笑顔のお姉さんに観客たちも惹きこまれていく。
「それでは模範演技をアバロン商会のクレア嬢にお願いしまーす!」
パチパチパチパチ!
サクラたちが一斉に拍手をして、観客がたくさん集まってくる。
巨大画面で動き出すブロックたち。クレアはタン! タン! と見事なボタンさばきで溝付きの列を積み上げていく。
そして、やってくる『棒』ブロック――――。
「おぉぉぉぉ!」「な、なんだこれは!?」「面白ーい!」
ゲームなど見たことなかった異世界の人たちに、ブロックが消える爽快感は圧倒的だった。
「えっ? これ、自分でもできるんですか?」
サクラが大声を張り上げる。
「はい、デモ機を三十台ご用意してます。こちらに順番に並んでくださいねっ!」
お姉さんが台本通りに案内すると、ドヤドヤと観客たちが押し寄せてきた。
「えっ? ここに並ぶの?」「これ、買えるんですか?」「ちょっと、押さないで!」
にぎやかなJ-POPが流れる中、大勢の人が押し合いへし合い集まってくる。それはテトリスがこの世界の人たちに受け入れられたことを示す、初めてのうねりだった。
「おぉ、タケル君! 見たまえ、大盛況じゃよ!」
ステージの裏手でハラハラしながら見守っていた会長は、興奮した様子でタケルの肩をパンパンと叩く。
「いやぁ、これは予想以上ですねっ!」
タケルも満面の笑みで応えた。この反応なら一万個は|捌《さば》けそうだ。日本円にして三億円。それはタケルにとって、前世でも手に入らなかった途方もない大金である。
『わが師、ジョブズ……。僕はやりますよ! 金の力で魔王を倒してやる!』
ついに始まった快進撃。タケルはテトリスに群がる人たちの熱気を全身に感じながら、フワフワとした高揚感の中、こぶしをグッと握る。この瞬間をきっと一生忘れないだろうとタケルは口をキュッと結び、多くの人が興奮にわく会場を見守った。
◇ その後テトリスは一大ブームとなり、販売台数は三万台を超え、チャンピオンシップ大会もスタジアムで大々的に行われることになった。「みなさーん、今日はお越しいただき、ありがとうございます! 第一回テトリスチャンピオンシップ大会、開幕です!」
ステージの司会がこぶしを突き上げる。
パパパパーン! パッパー!
吹奏楽団が青空ににぎやかな音を響かせた。
うぉぉぉぉぉぉぉ!!
スタジアムを埋め尽くす数万のテトリスプレイヤーが、地響きのような歓声を上げる。
タケルはそのスタジアムを覆いつくす熱狂に圧倒された。自分が魔法ランプに書き込んだちっぽけなコード。それが今、こんな壮大なムーブメントになって燃え盛っている。これが事業を起こすということなのだ。
タケルは両腕に力を込め、グッとガッツポーズを見せる。
あの時、生産数を百個にしていたら絶対こんなことにはならなかった。心のスティーブジョブズに問うたことが成功を導いたのだ。目先の成功にとらわれず、世界規模のビジョンを持って決断すること、それがITベンチャーでは大切なのだと、タケルは身にしみて感じたのだった。
「プロモーションの方は進んでいますか?」 パウンドケーキの芳醇な甘さを楽しみながらタケルは聞く。「今、試用品をあちこちのお店に貸し出しているの。手ごたえは悪くないわよ。それと、市場の一角を借りてステージを作るの!」 クレアはグッとこぶしを握り、ニッコリと笑う。「ステージ……?」「ゲームが上手い人のプレイを見てもらおうと思うのよ!」「いやでも、こんな小さな画面じゃ遠くの人には見えませんよね?」「そ、そうなんですよね……」 クレアは眉をひそめ首をかしげた。一つの画面をのぞきこんでもらうのは数人が限界な事はクレアも気になっていたのだ。「……。分かった。じゃぁ、巨大画面版を作るから、大きなプレートを用意してくれますか?」 タケルはニヤッと笑う。「巨大画面!?」「そうです、二メートルくらいのサイズなら遠くからも見えるでしょう?」 異世界に登場する大型ディスプレイ。そんな物などこの世界の人は見たことないからきっと驚くに違いない。みんなの驚く姿を想像しただけで変な笑いが出そうである。「す、すごい! そんなことできるんですね。タケルさん、すごーい!!」 クレアはタケルの手を取るとブンブンと振った。 タケルはその嬉しそうに輝くクレアの笑顔に思わず胸が熱くなる。こんなビビッドな反応をしてくれる人なんて前世でも一人もいなかったのだ。モノづくりをする者にとって感動し、感激してくれることこそが最高の報酬である。 タケルはクレアの手をギュッと握って、軽く目頭を押さえながら何度もうなずいた。 ◇「なんでタケルさんって、こんなことできるんですか?」 クレアは尊敬のまなざしでタケルを見つめる。高名な魔導士ですら到底できないことを軽々とやってのける素朴な青年、それはクレアにミステリアスに映っていた。「僕のスキルがね、そういうことができる特殊な奴
「タ、タケル君、どうした?」 急に黙ってしまったタケルに会長は不審に思い、首をかしげる。 タケルはこの世界には珍しい黒髪の若者だった。お金には苦労していそうではあったが、清潔感のある身なりには好感が持てるし、話してみると大人の思慮深さを感じる不思議な雰囲気を纏っている。 長くお付き合いできればと、かなりいい条件を提示したつもりだったが、タケルは押し黙ってしまった。 すると、タケルは顔を上げ、覚悟を決めた目で会長を見つめた。「会長、一台当たり銀貨三枚でいいので、一万個売れませんか?」「い、一万個!?」 会長は目を白黒させ、タケルを見つめ返す。「多くの人が買える値段で一気に普及させたいのです」「ふ、普及って言ったって……、ゲーム機なんて前例のない商材は……」 会長は腕を組み、首をひねって考え込む。百個ならお得意さんに卸して行けばすぐにでも捌けるだろうが、一万個となると庶民向けの新規の流通経路がいるのだ。ゲームは面白いが、ゲームに大金を払える庶民なんて本当にいるのだろうか? 前例のない商品を新規の流通経路に流してトラブルにでもなったら、アバロン商会の信用にも傷がついてしまう。合理的に考えればとても乗れない提案だった。 渋い顔をする会長にタケルは両手を前に出し、まるで夢を包むように想いを込める。「テトリス大会を開きましょう! ハイスコアトップの人に賞金で金貨十枚を出すのです!」 起業家は商品を売る前にまず、夢を売らねばならない。前例のない提案でも熱い情熱で相手を動かす、それがわが師、スティーブジョブズの教えなのだ。「じゅ、十枚!?」「それ素敵! 私も出るっ! きっと私が優勝だわっ!」 クレアは太陽のように輝く笑顔で笑った。 その今まで見たこともないような、希望に満ち溢れた笑顔を見て会長はハッとする。娘がここまで入れ込むなんてことは今までなかった。つまりこれは新たなイノベーションであり、ブレイクスルーに違いない。ここは若い感性に賭けるべきでは無いか?「ふぅ……。タケル君……。キミ、凄いね……。うーーーーん……。分かった、一万個、やってやろうじゃないか!」 会長はタケルの手を取り、グッと握手をする。その瞳にはタケルやクレアから燃え移った情熱の炎が燃え盛っていた。 タケルも負けじと情熱を込め、グッと握り返し、うなずく。 かくして、テトリ
タケルがやってきたのはアバロン商会本店。目抜き通りにある豪奢な石造りの建物で、木の板にフェニックスをあしらったシックな看板がかかっている。中には煌びやかな宝飾品が並び、ボロい服を着たタケルではとても気軽に入っていける雰囲気ではない。「あのぉ、すみません……」 タケルは入り口の警備員にクレアと約束があることを告げた。「タケル様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ……」 警備員はにこやかにタケルを二階のVIPフロアへと案内していく。豪華で煌びやかな室内、床には赤いカーペットが敷かれてあり、庶民には実に居心地が悪い。タケルは店員たちの鋭い視線に渋い顔をしながら、警備員に着いていった。 洗練されたインテリアの応接室に通され、言われるがままにフワフワとした豪奢なソファーに腰かけたタケルだったが、とても場違いで居心地が悪い。出された紅茶の繊細な香りに圧倒されているとコンコンとドアが叩かれ、クレアが顔をのぞかせる。「タケルさん、お待ちしておりましたわ!」 クレアは満面の笑みで足早に入ってくると、後からは恰幅のいい紳士もついてきた。会長だろうか?「きょ、恐縮です」 タケルは慌てて立ち上がり、胸に手を当てて頭を下げた。「で、商品版はできましたの?」 クレアは待ちきれない様子でタケルの顔をのぞきこむ。「は、はい。こちらです……」 タケルは早速テトリスマシンをクレアに渡す。「わぁ……、随分……変わりましたね……」 クレアはハイスコア表示もされ、ブロックに色もついたテトリスマシンに目を輝かせる。「ほう……、これは珍妙な……。一体これは何なんだね?」 紳士はクレアの後ろからテトリスマシンをのぞきこみ、口ひげをなでながらけげんそうな顔で聞いてくる。「ゲームマシンよ? こうやるのよ!」 クレアは【START】ボタンをタン! と叩いた。「ほう……? なんか動いとるな……」「これは列を消して楽しむのよ!」 クレアは得意げにタン! タン! とボタンを叩き、次々とブロックを積み上げていく。そして『棒』のブロックがやってきた。「見ててよ! えいっ!」 クレアは得意満面に棒のブロックを|隙間《すきま》に落とす。 ピコピコっと点滅しながら四列が消えていった。「ほう! なるほどなるほど……、これは新鮮じゃな……。どれ、ワシにも貸してみなさい」 紳
「やるぞ……、やったるぞぉぉぉ!」 月を見つめ、武者震いするタケル……。すると、若い女の子の声がする。「あのぅ……、それ、何ですか?」 金髪の少女が碧い瞳をクリっと輝かせながら、好奇心いっぱいに声をかけてきたのだ。指さす先にはテトリスがピコピコと動いている。「あ、これは……ゲーム、ゲーム機です。やってみますか?」 挙動不審だった自分が恥ずかしくて真っ赤になったタケルは、テトリスマシンを差し出した。「ゲーム?」 小首をかしげる少女。薄手のリネンのシャツと、その上に重ねられた装飾的なボディスが、彼女の上品な雰囲気を演出していた。かなり裕福な家の娘に違いない。 タケルは少女の澄んだ碧い瞳に見つめられて、ほほを赤らめながら丁寧に説明していった。「ここを押すと右、ここで左、これで回転ですね……」「はぁ……?」 少女は押すたびにチョコチョコとブロックが動くのを見て、不思議そうに首をかしげた。「で、ここを押すと……」 タケルがブロックを隙間に落とすとピカピカと光って列が消える。「うわぁ! 面白い!」 少女は碧眼をキラッと輝かせて嬉しそうに笑った。「簡単でしょ?」「うん! やらせて!」 少女は受け取ると、好奇心いっぱいの瞳で画面を見つめ、ブロックを操作していく。 最初は下手だった少女も段々慣れてきて、うまく列を消せるようになってくる。「やったぁ! 四列消しよっ!」 少女は自慢げにタケルを見て、パアッと笑顔を輝かせた。「上手ですね、僕より上手いかも」 タケルは喜んでくれるのが嬉しくて、ニコニコしながら少女の横顔を見入る。不器用なタケルは、前世でも女の子に喜んでもらった経験などなかったのだ。 ものすごい集中力で
「お前はクビ! とっとと出ていけ!」 夕暮れの食堂で、冒険者パーティーのリーダーがウンザリとした表情でタケルを罵倒した。「えっ!? な、なんで……? 僕の武器の整備で強い魔物も倒せるようになって……」「ありがとう! つまりもうお前なしでも十分勝てるってことなんだよ! はっはっは!」 リーダーは美味そうにビールジョッキをグッとあおった。「そうですよ、タケルさん。アイテムの整備はもう十分……。戦わない人はパーティには要らないわ。ふふふっ」 ビキニアーマーの女魔導士はリーダーの首に手を回しながら、|嗜虐《しぎゃく》的な笑みを浮かべる。「いや、契約書ちゃんと読んでくださいよ! それは契約違反ですよ!」 タケルはカバンから契約書を出すと、該当の条文を指さして怒った。「んー? どれどれ……?」 リーダーは契約書を受け取ると、鼻で嗤い、そのままビリビリッと破いて床にぶちまけた。「な、何するんだよぉ!!」 慌てて契約書を拾い集めるタケル。 しかし、リーダーはそんなタケルを思いっきり蹴飛ばした。 ぐはっ! タケルはもんどりうって転がる。「冒険者に契約書なんか関係あるかい! そういうところがお前はウザいんだよ。文句あるなら裁判所へ行けや! まぁ、訴訟費用があればだがな! はっはっは!」 くっ……! タケルはリーダーを見上げてにらむ。明日の食費すら心配な自分にそんな費用など出せるわけがない。「そしたら、僕は明日からどうやって食べて行けば……」「知るか、バーカ! お前のその陰気なツラ見てっと酒がマズくなる! さっさと出てけ!」 リーダーはおしぼりをタケルの顔に投げつけると、女魔導士のお尻に手を回す。「いやっ、ダメよ……」 女魔導士はまんざらでもない様子でほほを赤らめる。 タケルはギリッと奥歯を鳴らした。「分かったよ! その代わり、僕の力が必要になっても絶対に助けないからな!」「お前の力……? なんかあったっけ?」「逃げ足の速さ……よね? きゃははは!」 タケルは怒りでブルブルと震えた。今まで自分が整備してきた魔道具のおかげで高ランクのモンスターを狩り、Aランクパーティにまで達してきたというのに、感謝の一つもないのだ。「ぜっっっったい! 後悔させてやる!!」 タケルはビシッとリーダーを指さし、にらみつける。「後悔? ははっ、お前